何かあると誰かに相談とかそんなのが検索上位に出てくるわけで、はたしてそれが本当の解決で、ヒントになり得るのか? 専門家だとか言われているのも、本当に役に立つのか? 上っ面ではないのか?
カラクリ。
占い師とかの類はそういうことで、相談しろとかよく書かれている理由。なんで相談しないといけないの?
話術もあれば、何かしらのスキルでもあるんでしょう。
正直、霊能者だとか言われてもピンと来ないケースはあります。そのせいでまるでそうとも思えないようなことを言われるとかもあるでしょう。頼るべき相手ではないということです。
たとえ、どんなによく当たるとか言われても。
そういうツールに頼ると誘導されるということ。言われたから、ということでそれに引っ張られ、それを意識する。それで当たるという仕組みでしょうか。
当時の銀座の母に、何歳で結婚するとか一蹴しても、実際にそうなったケースはあったようですが。
その辺りはどうなのかは検証が必要そう。自分で決めたのか、あるいは自然とそうなっただけなのか。そうなっただけなら占いが当たったわけではないということ。
「この世界はVR世界だから好きにやれ」
「〇〇は無駄だからやるな。過去を振り返って、その過去を今見てどう思うか? 気持ち悪い? 今そう思ったことが今現在の通りだ」
この二つはよく考えると矛盾していると分かります。
つまり、ここで矛盾に気づければ、何かに気づくかもしれません。好きなことをやれと言っているのに、やってることは無駄だ、過去を見てどう思ったか考え、今の自分がそう思ったことが今やってる答えだ、ということに。
試されているんですよね。
そう、外側、誰かに相談ということ自体が無駄であるということ。
同じ人間風情に相談してもダメだということです。話を聞いてもらっているようで聞いてもらってないんです。聞くだけは誰でもできます。答えを求めてはいけない。
大事なところなのでもう一度言います。
話を聞いてもらっているようで、聞いてもらっていない、相手に伝わっていないんです。
だから、話しているつもりでも理解されない限りは意図が伝わらないから、相談にすらなってない。自分の中で秘めておくのが正解です。
中には早合点もあります。その時点で相談なんて意味がない。
情報が伝わらない時点で相談の意味のなさ。分かりますか? 相手自体、それに興味がないんです。
「どう思いますか? って? なら、やればいいんじゃないの?」って言われるのがオチ。
大体そんなもん。自分で確認しろと、やってみろと。相手はそこまで責任は持たない。
本当にダメなものだと分かっているケース(詐欺や犯罪と分かるもの)は止められるけど、それ以外は当たり障りがない意見で終わります。スピリチュアル詐欺に関しては止められても、気になる人はやっちゃうでしょうしね。引っかかって戻ってこれる程度ならそれは当人の問題。
じゃあ、相談とはなんなのか? そう思うかもしれません。
その問いを発して返ってきた言葉で答え合わせになってるかもしれないし、自分が見落としてるだけで既に答えは出ていることもあるのが相談。
少なからず、この世界に理解してくれる存在は一人しかいません。自分だけです。
どんな人格者であろうとも、あなたのことを理解することは不可能です。外側に認めてくれる人はいない。
言葉に出してみる、紙に書いてみることで自然と自分が思っていた答えが出ていることがあります。それに気づけたら正解。自分はそれをやってみて「自分を偽ってまで」という言葉が出てきたことで、たとえ誰かに否定されようとも、自分がそれをやりたいと思ってる限り、自分自身のためでしかなくてもやりたいと思いました。むしろ、それをすることで自分自身の癒しになる。
相談と考えず、何かあると思ってとりあえず行ってみる程度で、そこで起きたことを判断したうえで自分の中で再度考えればいいんです。
その状況を観察することです。それでもどうしたいのか、自分の人生なのだから誰かに否定されようがどうしたいか。
本当に、あなたが何をやりたいのか、それを否定されてもどうしたいのか? 否定されたから、変えないといけないと思ったならそれはあなたが思っている本当にやりたいことではありません。
自分の世界に引きこもっていろと言われていても、それでもどうしたいのか?
誰かのためでなくてもいい、自分だけのためでもいいからやりたいならやればいい。魂が訴えてきている、後悔しないならそれが正解です。
そこで答えは出ているようなもの。
何を言われても、変えたくないならそれでいい。間違っているかどうかは外側が決めることじゃないし。
何故なら、この世界はVR世界です。
好きなようにやればいいんですよ。だから平気で犯罪犯してる連中がいっぱいいるじゃないですか。そういうことですよ。自分の欲に夢中になった結果、世界が捻じ曲がっていっているが。
普通の生き方がつまらないなら自分が思うようにやればいいんです。
相談はいらない。相談したら普通や真っ当と言われる方に引っ張られるから。だから相談してはいけない。違和感を感じているから違うことをやりたいと思っているんでしょう?
常識という概念の方がまだまだ強いから。
だから、それに引っ張られるような答えしか出てこない。
行動確定後に言えば、誰にも否定されません。
要するに、試されているんです。
誰かが全否定した時点で打ちひしがれ、そこで怒りを覚えてしまっては思うつぼです。
「どうして理解してくれないの!? 私の話をちゃんと聞いて!」と思った場合、それは自分自身に言っているということです。自分自身と対話してない。そういう意味なんです。
クソが言っていた言葉があります。
「それって、あなたの感想ですよね」
今の生き方が正しいかどうかで判断しているなら、外側にすぐに影響されます。
その時点で相手に理解してもらおうという発想があるということ。第三者に理解してもらおうという甘え。それで正当化したいと。
それはいらない。自分がどうしたいのか? 自分に偽りがないのか? 大事なのは自分を偽ってまで生きたいのか? それだけです。
相談する相手に会う前に思ったことがあればその通りになるので、その時点で期待せずに起こったことだけを考えて後に生かしましょう。
全否定され、それでも変えたくないならそれが正解、変えてしまうなら本当にやりたいことでもなかった、それだけです。暇つぶしでやっていたと気づけただけで、本当にやりたいことをこれから見つければいい。
言葉に出してやっていくより、紙に書くかキーボードでメモ帳とかに打ち込んでいくと答えが出ていることがあります。自分の場合は農園に対しての農業の在り方のメッセージを打ち込んでいたら、知らずと「自分を偽りたくない」という内容が出ていたので、それを見た時点でこれはダメだなと思いました。既にその時点で自分を偽っていたから。本当にやりたいことはあるのに、外側に逃げようとした。
生きるための危機意識だとかそんなのはどうでもいい。
それでもやりたいかどうかです。潜在意識を変えるとかしなくてもいい。本来、その人生で必要なことは潜在意識が分かっているからすべて任せればいいんです。
ただ、3回同じことを言われた場合はその通りなんだと思って、それは受け入れた方が無難でしょう。
よく言われるということは、客観的意見として合っている。
猫被りでそう言われていても、それでもいいんですよ。
いくらでも被ればいい。問題ない。最終的にはそれやらなくても問題なくなるんだろうし、今だけのことですからね。吹っ切れたら、本当の自分を出していくから猫被りがいらなくなる。

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